Mag-log in「決して魔術師なんかと一緒にするなよ、あんなの手品だ」
と
耳元で愛称を囁かれ──ヌルリとした湿った何かが耳の孔に侵入してきてオリヴィアは声を上げた。 左耳に侵入したと思った舌は、味見をしただけのようですぐに耳孔から出て行って耳の内側に移動する。舌先で丁寧になぞられて輪郭を辿るように上から順に動いていって、耳朶に唇が近付くと、甘噛みするように食まれて、チューと吸われる。 擽ったいのに、ゾクゾクした感覚が全身を走り鼻にかかった声をオリヴィアは漏らした。「イアっ……! んっ、あぁっ……んぁっ」 耳を舐められているだけなのに、どうして甘えたような声が出てしまうのか分からず、イアンを抱き締める腕に力が入る。ギュッと抱き締めると、耳に息が当たってイアンの口角が上がったような気がした。 耳朶への愛撫が終わってゆっくりと舌先がそこから離れて行く。少しずつ迫ってくるような這う動きは焦らされている気がした。耳の縁、軟骨、耳朶とゆっくりと舌先が順番通りに何度も往復する。耳の中央に向かうような動きなのになぞるだけ。耳朶も一度吸っただけで今は唇が耳に触れる事はなかった。最初に耳孔へ触れられた時の刺激が蘇ってきた。(もどかしい……) でも、それを声にするのは恥ずかしいし、おかしな気がする。 耳にイアンの吐息が当たり、それさえも背筋がゾクゾクして身を捩った。すると、腰を抱いたイアンの腕に力が入る。息苦しさを覚えるものの、オリヴィアの身体にイアンの熱を感じて自分を求めている事が伝わってくる。そんな彼に「苦しい」と言えずにオリヴィアは押し黙った。ただ、今までイアンを見てきて自分を好きなんだろうな、という感情が分かってはいたけど、こうやって熱を感じると全身から「愛されている」と分かって純粋に嬉しさが込み上げてくるのだ。「──んぁ! あっ、んっ」 オリヴィアは嬌声を上げた。イアンの舌が耳孔を舐めたからだ。 どうやらそれを期待していたようで、イアンが触れている腰からゾクゾクと甘い電流のようなものが走った。ひっきりなしに声が出てしまって、オリヴィアは堪えるように下唇を噛んだ──
まだイアンの唇の感触が残る自分の下唇に触れ、オリヴィアはカァッと頬を染めた。 そう……嫌じゃなかった。息苦しさや背伸びをして脚や首は痛い、って感情はあったけど、彼とこのままで居たいと思える程、悪い感情なんて一切湧かなかったのだ。「え、あ、う」 言葉を探しているのか、口をパクパクさせながら目を右往左往させて慌てているイアンを見てオリヴィアはクスッと小さく笑った。「もう、してくれないの……?」「何を……?」 そう訊ねたイアンの顔をオリヴィアはじっと見る。言われた言葉の意味を分かっているのかいないのか──すっとぼけて言ってはいないかと思ったが、本当に分からないようでポカンとしていた。「キスと、その……つ、つ」 最後まで言わせるのか、とイアンを睨むも──やっぱり怒られ中の子供……アンにしょっちゅう叱られていた私の黒い飼い犬に見えてしまって、怒りよりも愛しさが勝ってしまった。「キスと、その続き……よ! つ、つづき、ってその、ギュッて私を抱き締めて、その、あの」(彼は言わなきゃ伝わらないタイプなのね) 曖昧な言葉は伝わらない。 そう思ってキスだけじゃなく、その後の行為を許す、と言おうとしても直接的な言葉を言える訳がなかった。「わ、たしに言わせないで」 熱くなった顔を覆って視界からイアンを遮断する。そう暫くしていると、ベッドがグンと沈む感じがしたかと思うと、腰と後頭部が宙に浮いた。 大きな掌に後頭部と腰を持ち上げられ、上からギュッと抱き締められている。自分より遥かに大きな体躯と熱い体温はひどく心地良かった。 耳朶に唇を押し当てられて、息が当たる。それが擽ったさだけではなく、腰に伝わってゾクゾクした。「良いのか?」 そう訊ねられる。 ここまで言って「やっぱりダメ」と言ったら、彼はどん
「んっ、んはっ、んんっ」 呼吸が苦しくなってオリヴィアは息を吸い込む為に口を開けたら、イアンは顔の角度を変えた。勢いが良かったせいか歯がガチっと当たり痛みが生じた。イアンの口から呻き声が漏れたが、口付が止む事はなかった。ただ、舌が労るように歯列をゆっくりと舐める。それから隙間を割って入り分厚い舌で歯の裏をなぞり、彼女の咥内をいっぱいにした。それは中を探るような動きで口内を蹂躙する。歯の裏、上顎、下顎をくるりと蠢いていた舌は、オリヴィアの薄い小さな舌を見つけて、彼女の舌を絡め取った。 反射的に舌を引っ込めてしまうが、イアンの舌はまるで逃がさないというように、すぐにオリヴィアの舌を捕らえては舌を絡め、吸ってくる。 水滴を交えた淫靡な音が耳に入り、口の端に流れる水滴がこの音は二人の唾液の音だとオリヴィアは気が付いた。もう、どちらの唾液か分からないものが口の端を流れている。オリヴィアの口の中に溜まった二人の混ざった唾液をイアンから吸われて、ゴクゴクという飲み込む音とぴちゃぴちゃと淫らな音が響いた。「ふっ、んっ、ふぁっ、んぁっ」 イアンの骨ばった指で耳の輪郭を確かめるように撫でられて、ゾワゾワと背中が粟立つ。イアンから支えられているものの、キスを受ける為に背伸びしていて足がガクガクと震えていて立っていられるのがやっとだ。それに、イアンとのキスでずっと上を向いているから首も痛むし、顎が疲れてきた。 舌がヌルリと抜けて唇が解放され、呼吸が楽になる。肩で息をしていると、腰に回された腕が彼女の尻を持ち上げて、そのまま背中からベッドに投げられる。 乱暴に投げられる事はなく、イアンはオリヴィアの後頭部と腰を支えてベッドに仰向けに押し倒した為、彼女に痛みは生じなかった。 ギシッと軋む音が部屋の中に響く。「イアン……」 オリヴィアは片膝だけベッドに乗せ、身を乗り出している男の名前を呼んだ。 不安気に名前を呼んでしまった為か、目の前のイアンは申し訳なさそうな……母親に怒られた子供のような表情になる。
「じゃあ……俺は風呂へ行って熱い湯船へ浸かってくるから」 オリヴィアの肩から手を離し、床に捨てた枕をイアンは手に取った。また同じように胸に抱く。 「枕も持っていくの?」 枕を手放さないイアンに疑問をぶつけると「今の俺には必須アイテムなんだ……」とギュッと力強く抱き締めた。 フト、初めて同じベッドに寝た夜をオリヴィアは思い出した。二人の間に枕を入れられたのだ。『ぎゅって、抱き締めてもらえないわ』 と文句を言うと、彼は困ったように目尻を下げて、『今日だけだから。突然の事で何も準備してないんだ』 納得はしなかったけど……切羽詰まった感じがして渋々承諾した。(あれは……隠していたのね) 合点がいってオリヴィアは情けなく前屈みで背中を向けた男が愛しくて堪らなくなる。『男とはそういう生き物です』 そうアンが言った。 イアンもそうだった。でも、彼はそれを行動に移さなかった。私を傷付けたくないから。私に嫌われたくなくて、彼の父親のようになりたくなかったから。 私を傷付けない男を、愛さない理由なんて、どこにもないわ──……。 初めて出会った頃と、イアンは全く変わらない。(でももし……イアンが私を襲っていたとしても) イアンへの気持ちは──変わったのかしら? その答えは──……。 「イアン」 とオリヴィアは名を呼ぶ。 イアンはオリヴィアから名前を呼ばれて無視をする訳にはいかない。ゆっくりと振り向いてオリヴィアを瞳に映すと、イアンは息を飲んだ。 「枕じゃなくて──私を抱き締めて欲しいの」 両手を広げ、穏やかに微笑む姿は聖母のようだ。「私を抱き締めてくれないの?」 唇を尖らせて、首を傾げる
自分の傷をイアンにオリヴィアは吐き捨てた。途端に、両肩を掴まれてオリヴィアはよろけてしまう。「オリヴィア! 自分で自分を貶めるような言葉を吐くな!」 ボトッ枕が床に落ちる。 正面から両肩を掴まれて、向かい合う体勢になり、切れ長の金色の目に戒められるように見下されて、オリヴィアは消え入りそうな声で「ごめんなさい」とイアンに謝罪した。 「でも、だって……イアンは具合が悪いのにお風呂へ入ろうとするんだもん。ゆっくり横になったらいいでしょう? 湯船で溺れるかもしれないし、心配だから……」「俺は簡単に溺れたりしないから。それから、俺は健康で実際元気なんだ」「嘘よ。額に汗を搔いているし震えているわ。横になって、休んだ方が良いわ。お医者さんだって呼んであげる。それを断るのって、私と居たくないからって思っちゃうもの」 目の前のイアンが苦し気に息を吐く。 彫りが深い顔立ちは自分にはない作りだ。そんな彫刻のような造形を悩まし気に歪めて俯いた。それに釣られてオリヴィアも視線を下に向ける──男の身体の中央で視線は止まった。 その正体がなんなのか……だからイアンは枕を抱き締めていたのかと合点がいった。 その主張から視線を外す事が出来ず、オリヴィアは言葉を発せずにいた。「オリヴィア。俺は君を愛している」 愛の告白は、いつも聞いている声よりも掠れているからなのか低く、やたらと耳の奥に残るような気がした。「知っているわ」とオリヴィアは呟いた。イアンは小さく首を横に振る。──俺の感情は君が知るほんの一部だ。「ただ、好きな訳じゃない。ずっと、君に触れたいって思っていた」 ゆっくりと語るイアンの告白は、いつもイアンの口から語られる「愛している」という言葉に隠された、心の奥底で隠し通してきたものだった。 「アンがオリヴィアの髪を梳くのが羨ましかった。どんな理由があれば、君の髪に触れられるのか。その髪にキスをしたいって長い間思ってい
「わたし、イアンと同じ黒髪の赤ちゃんが欲しい!」 想いをそうぶちまけて、ハタッと気付く。隣にイアンが居ない。「あら……?」と視線を足元に落とした先に、枕を腹に抱き締めて床に蹲った彼が居た。 「お腹痛いの? 大丈夫?」「……だいじょう」 最後まで言わずに掠れた声で、苦しそうに言葉を吐いたイアンにオリヴィアは思わず手を伸ばしたが、イアンは右手を上げてそれを制止した。「風呂へ行ってくる……」「抱かれても嫌悪感を感じない」だけではなく「イアンと同じ黒髪の赤ちゃんが欲しい」と度ストレートにオリヴィアから告白され、イアンはもう限界だった。今まで築き上げてきた理性が少し突けばガラガラと崩れそうだ。肉体と精神を鍛えて生きてきた自分が、倒されてしまう──我が妻、オリヴィアに。(悪気が一切ない……なお質が悪い──……そんなオリヴィアも好きだ) オリヴィアは頭に思い浮かんだ言葉をそのまま声にだしただけだ。しかし、その発言は童貞のイアンにとって刺激が強すぎた。 (オリヴィアが俺の事を好いてくれて、結婚記念日に告白をしてくれるのは心の底から嬉しい。しかし、当日は今以上に苦戦を強いられる筈だ……オリヴィアの声で、『愛してる』なんて言われたら、俺は……い……生きていられるか……?) ヨロヨロと立ち上がったイアンをオリヴィアは支えようと立ち上がったものの、イアンから「大丈夫だ」と拒否をされた。その口調は強く、オリヴィアはグッと下唇を引っ込めた。「全然大丈夫そうに見えないわ」「熱湯をかぶれば、落ち着くよ」 イアンは弱々しく笑みを浮かべた。 枕を抱き締めたまま、前屈みで立つ彼は、オリヴィアの目から見ても体調が悪そうだ。額に汗が浮かび、呼吸が荒い。堪える